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メープルランドの日常

~愉快でユーモラスなバイリンガル都市生活ブログ~

【168】義母国フランスを思う①(フランス嫌いから始まる)

モントリオールはカナダのケベック州にあり、

フランス語が公用語なので

フランスとは切っても切れない縁です。

franceflag


そんなケベック州に結果的に住んでいる私、ジーノの人生を振り返ると

フランスとの縁、いや腐れ縁

これは偶然ではなく

皮肉にも必然だった気がします。



今回の記事は、過去の個人的な話になります。



事の始まりは、

通っていた日本の高校が、英語はもちろん

言語や異文化を学べる国際科という科だったことで、

選択科目の中でフランス語を選んだところです。
ここだけは偶然だったのかもしれません。



フランス語か中国語か、英検のクラスから選ばなくてはならなくて

消去法でフランス語を選んだ感じでした。
フランスに対する憧れや思いはまるでなかったんです。
そして今も特に憧れはありません(笑)




小学生の頃から外国の雑貨や、洋画が好きだったので

受験のために塾は通わないでいいから、

念願の高校の国際科に受かった暁には塾に通う分ののお金を使って

夏休み留学をしたいと言い親を説得しました。


通っていた中学からは入学前例のない隣町の高校で、

担任の先生にも難関だし、きっと無理だ…と言われましたが、

幸運にも推薦入学で受験無しで入れてしまったので

約束は約束!ということで夏休み留学。


映画が好きなら絶対アメリカ、カリフォルニア(3週間)だろう!

と思ったんですが、

なぜかカナダのほうが留学費が同じで4週間行けるみたいだ、と言うことで

半分しぶしぶカナダのバンクーバーに留学先を変更。


今思えばこれが人生の境目でした。

若干15歳のさじ加減の選択ですよ(笑)


一ヶ月一人で行く外国。


バンクーバーでの4週間がどれだけ刺激が強かったのか、

カナダに恋をしたとしか言いようがありませんでした。

夏休みを終えても逆ホームシック。

「カナダに帰りたい…」

っていつも言ってました。

メープルリーフを見ると涙が出るんです。


そして高校2年の夏休み、

本当は学校のカリキュラムで

クラス全員でオーストラリアにホームステイに行くことのなっていたんですが

担任の先生や親を猛説得して

再び単身バンクーバーへ夏休み留学。
当時から一風変わった意志の強い頑固で面倒な生徒だったと思います(笑)




一年ぶりに戻れたことでカナダ愛が確定されてしまい、

ここからは人生全てカナダのため、に動いています。




ゆくゆくが暮らしたい、移住したいを目的に、

高校の勉強、英語頑張るモチベーションアップ。

その中でのフランス語習得です。

カナダのもう一つの公用語はできるに越したことはないはずと。

消去法で選んだはずの選択科目が「運命」になったわけです。



高校卒業したらカナダの大学に本格留学、5年ほどいましたが、

当時の移民法では現実的な移民への道はなかなか開けず。

お金をためてワーキングホリデーで戻ってくるしかないと

日本に帰国。



がむしゃらにお金をためて

その間にフランス語の方ももっとやっておかなくては!

ということで

手っ取り早くフランス留学(6ヶ月)してしまおうと

フランスへ渡ったのが2006年。


カナダのためのフランスだったんです(笑)


フランス自体にはなんの憧れも思い入れがあったわけではないんです。
パリ症候群(パリ症候群って何?の人は→こちら)とかはまずないです。


逆にフランス留学で、

フランスが大嫌いになって帰ることになりました。

カナダ留学とフランス留学、同じ留学でも

ものすごい違うものでした。



滞在中に感じた、身に起こったアジア人差別や

フランス人の態度や役所仕事のずさんさは

本当に酷いもので、

いい大人でしたが6ヶ月がしんどかったです。


フランスが嫌い!

ここから始まったんです。

フランスの印象はとにかく悪く、もう絶対来たくない

とさえ思って去った場所でした。


それでもなぜか

今までお付き合いした彼氏は

フレンチカナダ人だったり

フランスでシェフ修行してた人だったり

フランス語を話すベトナム人だったり

するんですが。



あとにも先にも

嫌いな国、嫌な経験しかできなかった場所「フランス」

の文字がついて回っていました。

不思議ですよね。



そしてワーホリでカナダにやっとこれて

モントリオールで出会ったのが、はい、

今の夫、

フランス人でした(笑)


彼がフランス人だと知って

失礼にも「それは残念!」

って口走っていた自分がいました。

彼は「俺も(フランス人である自分が)残念。」

と言って笑いました。

そこから「どうしてー?」って会話が始まるんですが


フランス語が少なからずできたので

英語をほとんど話せなかった当時の夫とは

つたないフランス語で会話するしかなかったのも

仲を深める要素だったのは間違いありません。



もしフランス語が全くできなかったら

会話で仲を深めることは難しかったと思います。


夫によると

当時モントリオールで知っている日本人数人は

みんな英語はできてもフランス語は話せない人ばかりだったらしく

「フランス語が喋れるこの日本人って何者?」

と私に興味を持ったと言っています。


逆に私のフランス語のレベルがものすごく高かったら

これまた彼への印象も違っていたでしょうから

人生のさじ加減って微妙なところで

良いか悪いか

結果を生みます。



それに

彼もフランスが好きではないフランス人なので

話が合った、

というのもあります。



とにかく夫と出会って早くも11年。


今では第二の故郷(いやカナダが第二、フランスは第三かな?)、

義理の母国になってしまったフランス。


嫌い、とか言ってられません(笑)


しかし

はじめの印象が悪すぎたせいで期待してない分、

夫に会ってから訪れる度、

家族やその周りの人と会うごとに

フランスのいいところが見えてきます。


人はまあ自分勝手な失礼な権利の主張が強すぎる人が多く

とっつきにくいですが、

一度「家族」とか「友人」の枠に入れたら

クールなカナダ人なんかより数段上をゆく、

本当に暖かい人達で

一生の絆で結ばれる友人になりえる人たちです。



今でも覚えているのが、

フランス留学から帰って来て

BSの街歩きか世界遺産の特集番組で

「フランスで最も美しい村」

を紹介していましたが、

フランスなんて絶対にもう行かない!

と当時は思っていたので

こんな素敵な村は残念だけど

きっと一生見ることはないんだろうと思っていました。


しかしそのほんの数年後、

後々夫となる人と

フランスの村巡りをしている自分がいて

人生何があるかわからないなあ

Never say never
これどういう意味??の人は→こちら

だなあと。


フランスが好きか嫌いか言われたら

嫌いなのは変わっていませんが、

住みたいか住みたくないか言われたら

絶対住みたくないですが、

夫とともにいる限り、

自分の子供たちがいる限り、

故郷であるのは確かで

また何度も訪れる場所です。


良いか悪いか関わりを否定できない場所、フランス。


今年の春、久々に行こうかと計画中です。




  
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